ICT-Education No.37(日本文教出版) 原稿
  「コミュニケーションを意識した授業実践」      
1.はじめに
(1)関係ないですが・・
 情報の授業をコンピュータ室でやっていると、実習の合間をぬって自分の
ブログらしきページへアクセスしている生徒。ちょっと気になったので
「ブログに何かいてんの?」と聞くと、「今日学校であったこととか、思ったこととか、
普通に日記やで」と言う答えが返ってきます。そして「先生見んといてや」とも。
 これを日記と考えるなら、「見んといてや」という言葉も理解できるのですが、
ネット上のブログと考えると「?」なコメントです。ちょっと意地悪して「何のために
書いてんの?」と聞くと、「こんなこと考えていたとか、こんなことがあったとか、
自分の思い出やんなぁ」という答え。彼女たちにとってブログは「パソコンや携帯から
便利に書き込むことができる日記帳」くらいの感覚なのでしょうね。ブログという
新しいコミュニケーションツールを使いこなしているように見えても、実は「自分が
情報の送り手」というコミュニケーションを意識していない。そんなことを感じました。

(2)送り手受け手を意識できるか?
 よく考えてみると、情報科の授業でも「自分が情報の送り手であり、受け手が
存在する」ということを意識させているだろうかということ感じます。
 たとえばプレゼンテーションを授業するとき、スライドや発表技術を評価される
(する)ことだけが、その授業の目的となっていないだろうか?
具体的に言えば、生徒は主張を一方的に言うだけの単なる発表で終わっていない
だろうか?教師も伝わったかという視点ではなく、スライドの効果や目線や声の
大きさなど発表が上手にできたかということだけで評価していないか?という疑問です。
そう考えると先ほどのコミュニケーションを意識しないで新しいツールを使う生徒と、
そう大差がないのではないでしょうか。
コミュニケーションは「送り手」と「受け手」がいて初めて成立します。コンピュータは
その間をつなぐ媒体にすぎず、その操作スキルをいくらあげても、「受け手」を意識し、
伝えるための思いやスキルがないと、コミュニケーションとして成立しません。

(3)コミュニケーションを意識した授業とは
 例えばプレゼンテーションの授業をするとき、生徒にいちばんつけてやらないと
いけない力は何でしょうか。
 例えば後半紹介する「学校食堂の活性化」というプレゼンテーションの授業なら、
「受け手」である学校食堂関係者が求めているのは「こうすればお客が増える」と
いう説得力ある提案です。
 いくらきれいなスライドであっても、いくらなめらかな発表であっても、大切なのは
その内容であり、納得させる説得力です。
 そのためには「説得する」「わかりやすく伝える」という「受け手」を意識することが
不可欠です。
 プレゼンテーションで生徒につけないといけない力はこれら「自分が情報の送り手
として、受け手を説得する」というコミュニケーションスキルではないでしょうか?

(4)どう実践するか?
 では述べてきたようなコミュニケーションスキルをつけるためにはどう授業実践
すればいいか?
ヒントは生徒に「送り手・受け手」を意識させてやるという、今の授業にちょっとした
工夫を足すだけでできるような気がします。
 今回はそんなちょっとだけ工夫した2つの授業実践を紹介します。

2.授業プラン@ 食堂活性化プランをプレゼンしよう
(1)授業の背景
情報科でプレゼンテーションの授業を考えるとき、何をネタに発表させようか
悩んだことはありませんか。プレゼンと発表の違いを考えれば考えるほど、
自分の授業は一方的な発表を教えているだけの授業ではないかと感じ、
「今年こそは改善しよう」と強く考えていました。そんなとき「学校食堂の
利用者が増えなくて、困っているらしいで」と事務長より天の声。
 ビジネス紙のプレゼン特集を読むと、「いいプレゼントはクライアントの課題を
発見することから始まります」と書いてあり、これはまさにプレゼンの課題発見です!
 さっそくこれをネタに授業を組み立て、生徒から食堂へ「本気のプレゼン
テーション」をしてもらうことにしました。

(2)授業のねらい
 今回「食堂」という受け手が存在するわけですから、そこに納得してもらえる
プレゼンテーションをしないと意味はありません。
 ですから、この授業のねらいは「受け手にとっていかに説得力のあるプレゼン
テーションができるか」です。
 生徒は「こうしたい」という非現実的なものも含めたアイデア・意見は持っています。
そこからブレインストーミングで他のメンバーとの話し合い、アンケート・取材と
いった現状の分析、提案の裏付けを加え、最終的に説得力のある提案を完成
させていく。この説得力がないと、いくら上手に説明することが出来ても、聞き手の
納得という、最終目標には至らないのです。
ちなみに、去年までの私の発表の授業では、単に「プレゼンソフトを使いこなす
スキル」、「発表するスキル(目線・言葉づかい)」を目標にしていました。今回の
授業でもこれらを教え、身につけさせますが、あくまでもこれらは「手段のスキル」
として位置づけ、「説得力をもって伝え、受け手を納得させる」ことを最終目標としました。

(3)授業の流れ
@ 導入
「食堂の利用者を増やしたい」という声を伝え、提案するという授業の目的を伝えます。
「食堂は本気でみんなの提案を求めている。」とも伝え、生徒のモチベーションをあげて
いきます。
A ブレインストーミング
 まず個人でいくつか提案を考えさせた上で、グループ討議を行います。これは意見を
人任せにしないためのステップです。
司会・記録を決めて話し合うこと、他人の意見を批判せず、自由に議論するというルールを
伝え、グループで取りあげる提案の候補を絞っていきます。
B 調査・分析
 絞ったグループの提案をもとに、現状分析、調査の方法の検討・実施を行います。
具体的には、お客(この場合生徒)へのアンケート調査、他校の事例、食堂への取材・・
など方法を提示したり、アンケートの質問では「食堂にプリンをおいてほしいですか」では
なく「食堂にプリンがあれば買いますか」という「買う」という明確な意志を調査した方が
よいことなど、説得力をもたせるために有効な方法のアドバイスをしました。
C スライドの制作
 ここではプレゼンテーションソフトの基本操作を教えるだけでなく、グラフや図解の方法
など、調査結果をわかりやすく見せる方法も説明しました。
 それをふまえ、グループで調査班・作成班で準備を分担し、並行して制作を進めていき
ます。
 制作の最後にリハーサルの時間をとりそれぞれで確認をして、これで準備完了です。
D プレゼンテーション・評価
 実際に事務長・食堂担当者を招き、この受け手を説得させるためのプレゼンテー
ション開始です。
 各グループがスライドを使って順番に発表し、その発表を見て他の班の生徒は
「発表、デザイン、内容、説得力」の観点で評価しました。(S−A−B−Cの4段階)
 発表の終わりに食堂担当者や事務長から、「たいへん参考になり、いくつかは早速
実践したい」との真剣なコメントをもらい、生徒たちは満足したようでした。
 このあと自己評価と「高い点数をつけた班は何が違うのか?」という考察を記入させ、
さらに「こうすればもっとよくなる」という改善例を教員が説明しました。
 
(4)生徒の様子と後日談
@生徒の様子

 身近な「学校食堂」という関心が高い場所、そしてテーマが「お客を増やす」と明確
だったことから、最初から最後まで生徒のモチベーションは高かく、本気で「自分たち
がいい提案をしよう」とがんばっていました。
 とくに分析調査では、複数学年にアンケートをとったり、厨房設備などまで詳しく取材
・調査を行い、予想以上の調査力を見せてくれました。
ただ「自分たちの意見を裏付けるためにアンケートをする」という方法は経験したことが
ないようで、どのようなアンケートをすればいいかについて悩んでいた班が多かった
ようです。
これらアンケート・取材結果と自分たちの提案をうまく結びつけることができたかどうか
も、説得力の鍵だったようです。
 最後の考察の部分では、「落ち着いて話す」「相手を見て話す」という発表態度や、
「よく調べている班は説得力があった」と内容についても気づきがあったようです。
 高校1年の最後には、ひとりひとりプレゼンテーションをさせる課題があるので、
今回の気づきをつなげてくれればと考えています。
A後日談
 すべての発表に食堂担当者と事務長が参加してくださり、真剣に聞いてくれました。
 聞くだけではなく、生徒の提案をもとに、カロリー表示やデザートを置くことをすぐ
実行してくれました。
 こんな風に動いてくれたと言うことは、生徒たちのプレゼンテーションに、受け手を
動かす説得力があったということですよね。 
 生徒はもちろん、また私もうれしかったです!

(5)授業の振り返り
生徒たちは自分たちの思いを意見や要求として表明することはできても、そこから
客観的な裏付けを持った提案と発展させることに、かなり苦しんでいました。
社会の中でこのような力は必要であり、説得力をもつ提案として伝えるコミュニケー
ションスキルは大切です。
 コミュニケーションの視点から考えると制作途中には「受け手(今回は食堂関係者)」
は登場しませんが、提案・調査・制作段階でも「受け手」を想像しないと、説得力の
あるプレゼンテーションはできません。
これこそが「発表」から「プレゼンテーション」への進化、単なる「(私が)発表する」という
一方的な段階から、「(受け手が)わかる・伝わる」というように、一段階すすんだ授業と
考えます。

3.授業プランA インタビューして記事を書こう
(1)授業への思い
 一昔前なら、多くの人に読んでもらうことを意識して文章を書区必要は、ごく一部の
人しかいらないスキルでした。
 しかしインターネットがこのように普及し、冒頭のブログのように簡単に、多くの人に
情報発信できる時代となり、読み手を意識して文章を書くということも必要になってきた
ように思います。
 そんなことを考えながら授業を振り返ると、例えば感想文や作文。
 自分の考えや感じたことを表現することが中心で、「他の人に読んでもらうために書く」
という要素は少ないと感じます。
 それゆえに「読み手」という情報の「受け手」を意識した文章を書かせる授業はでき
ないかと考えてみました。
それがここで紹介する、インタビューして雑誌の記事風にまとめるという授業です。

(2)授業のねらい
 この授業のねらいは3点です。
@ 情報収集を人から行う
ふだんはインターネットだけで情報収集を行うことが多いので、今回はインタビューと
いうアナログ的な方法で情報収集を行うことを絶対条件にしました。
A 読んでもらうことを前提とした文章を書く
その人のことをよく知らない人にも読んでもらう文章を書くように話をし、具体的には
「来年度の後輩に見本として見せます。」とか「先生が評価するから、友達にしか
わからない文章ではダメだよ」と言って、最終的に生徒全員だけでなく、「先生」や
「後輩」という内輪ではない人物を、具体的な読み手として想定して書かせることに
しました。
B 見出しを工夫する
 短い言葉でどうやって読み手をひきつけるか?・・それが見出しの役割と思って
います。
本文の情報を集約・選択し、効果的に情報発信する。自分の文章にうまく誘導する
見出しを考えさせます。

(3)授業の流れ
@ 導入・企画

 企画の段階から「どうすれば読み手の興味をひくことができるか」を意識することが
大切です。
 そのための取材対象、その内容などをしっかり考えさせ、企画書に提出させます。
A 研究・分析
 読み手を意識した文章とはどんなものか?・・と説明するよりも、実際のプロの
文章を見せた方がいいと考え、有名人へのインタビューを多く掲載しているリクルート
社の雑誌「R25」のサイト(http://r25.jp/)を紹介。
 一般的なインタビュー記事の構成のルール(=導入のしかた、質問の内容、構成の
しかた、まとめかた)を実際の記事から研究・分析させ、スライドでも説明しました。
生徒はこのような記事的な文章の書き方・構成はおそらく経験したことがないので、
インタビューというメッセージをうまく伝えるための手段を教えることも必要です。
B 取材
 取材に先立って、事前にアポイントメントをとる、取材項目を知らせておく、最後に
原稿内容について確認を受ける・・こんな取材のマナーも生徒は未体験ですから、
教えておく必要があります。
 また写真・見出しについても、一目で記事の内容を表し、読み手の関心をひきつける
大きなポイントとなりますので、よく考えさました。
C 入力・編集
取材メモから臨場感がでるように原稿を入力し、そのあとで記事らしく、導入・まとめの
文章を加え3段組し、うまくA4サイズ1枚にまとめさせます。
最後に自分の目と「文書校正ツール」を使って、脱字・言い回しの間違いがないか
どうかをチェックさせました。
D 相互評価
印刷した記事をお互いに交換して、相互評価を行いました。
評価観点は、見出しの工夫、内容(ボリューム・内容の濃さ)、デザイン(レイアウト・
写真・見やすさ)の3点です。
また自分の作品についての他者の評価やコメントを集計し返却、読み手はどう受け
取ったかという振り返りも行わせました。 

(4)授業のまとめ
 インタビューという課題を提示すると「えーっ」という声が・。
 それは「情報科らしくないアナログな課題」ということと、インタビューや取材を経験
したことがないので「どうしたらいいのか」という二つの反応の現れでした。
 友達や知り合いと普通に話をすることには慣れていても、じっくり向き合って話を聞く
ことには慣れていません。ここで一問一答のように浅く聞いてしまうか、掘り下げて
聞けるかで、最後の記事の仕上がりは大きく異なったように思います。このように人の
話をじっくり聞く経験をさせたいというのも、私たちのねらいの一つでした。
 作品の仕上がりは、うすっぺらいものから、興味をひいたものまで様々ありました。
 その差はレイアウトやフォントなどのコンピュータスキルではなく、以下のような力の
差だったと分析しています。
@その人しか語れないような話をうまく引き出していた
 =インタビュー相手から上手に話を聞きだすスキル
A読み手にわかりやすく伝わるように説明を上手にしていた
=内容を読み手にあわせて、わかりやすく伝える力
これら二つの力はまさにコミュニケーションの力ではないでしょうか。
これらを取材・制作の過程を通して、そしてできあがった作品をお互いが読み、
相互評価する中で身につけていってほしいと感じています。
 コミュニケーションの視点から言えば、取材そのもの、そして「読んでもらう」相手
を想像して記事を書くというのは、まさにコミュニケーションの実践です。

4.おわりに
 私はつねづね「情報科ってコンピュータスキルを教える科目なのだろうか。」と考え、
コンピュータスキルに偏らない授業をこころががけてきました。
では何を軸に教えたらいいのだろうか?
その答えは、昨年5月のICTE関西大学で生田先生の話された「情報科の親学問は
コミュニケーション学」という話を聞いて、私もそう考えるようになりました。
 このようなコミュニケーションを意識した授業実践を、今年やってみたのも、実はこの
言葉がきっかけです。
コミュニケーションの基本は「受け手」を意識すること。そのことで自分も「送り手」という
ことを意識できます。
そんな視点からこのような2つの授業を実践してみました。この実践で気付いたのは、 

@コミュニケーションを意識した授業ではモラルも指導できる 
 モラルをどのように指導すればいいか?というのは情報科教師の悩みの種です。
 プレゼンの調査やインタビューで相手に取材にするには事前にアポイントメントを
取ることや、言葉づかいなど必要なマナーがあります。
 そして発表で目上のひとに聞いてもらったり、不特定の人に読んでもらうためには、
必要な言葉づかいや不快にさせない表現などの注意が必要です。
 これらの実践では、実際に取材相手や受け手という、授業枠外の人物がおり、
年齢も立場も様々です。当然生徒も、「どのようにすればいいか」と考え、そこで必要な
マナー・モラルを教えると、すぐ実践でき、定着もいいようです。
 モラルやマナーは自分以外の相手が存在して必要になるものなので、情報の
受け手を意識した課題では、こういったことを教えるチャンスがたくさんあります。
 モラルだけをまとめて教えるだけでなく、このように課題ごとに少しずつモラルを教えて
いくのも一つの授業方法ではないでしょうか。

Aコミュニケーションを意識した授業でもスキルは身に付く
 これらの授業でもプレゼンソフトの操作や発表技術、WORDの段組機能などと
いったスキルは必要です。
 しかしこれらの授業を振り返ると、そのスキルの獲得が目的となっていません。
 「伝える内容」があって、それを「伝える」ことが授業の目標であり、その手段として
スキルがあるという考え方です。
 私はよく「情報科はコンピュータを学ぶのではなく、コンピュータを道具・手段として
使いこなすための教科です」と説明をします。
 今回の授業は、このことにも一致します。
「伝える内容」が第一で、その内容を伝えようとする中で、「伝える手段の技術」を身に
付けていく。この方が学びとしては自然な感じがしませんか?

B生徒が将来必要なのは、コンピュータスキルではなくコミュニケーションスキルでは?
 この二つの授業。よく考えれば模造紙で発表しても、手書きで記事を書いても、いい
作品はいい作品に仕上がるように思います。
 先に述べたように、プレゼンテーションで必要な力は、「説得力あるプレゼンをする力」
であり、記事で必要なのは、「読み手の興味関心をひく文章・内容を書く力」です。
 コンピュータスキルをひいても残る力。それがこれらコミュニケーションスキルであり、
この力こそが、生徒の将来を見通して必要な力と考えます。

 こんな風に、いろいろえらそうなことを書いてきましたが、すべての授業でこのような
実践が出来ているわけではありません。
 情報科の授業を考えるときに、こんな「情報の送り手、受け手」ということを意識させると、
先に述べたようなコミュニケーションスキルを育てることが出きると思います。
まだまだ実践途上ですが、みなさまの授業設計の参考になれば幸いです。

日本文教出版 ICT-Education No.372008.3発行)掲載原稿

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